HSPかもしれない
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HSPについて
HSPは、Highly Sensitive Personの略語です。HSPという概念自体はアメリカの心理学者が提唱したもので、日本には様々なニュアンスが混じって“輸入”“改変”されやや独特な注目の浴び方をしています。さまざまな外的環境からの影響を極端に受けやすい特性のことをそう呼ぶのですが、近年「自分がHSPかもしれない」という悩み事で精神科を受診される方が増えています。
- 他人のことが気になって左右される、疲れやすい
- 明るい場所やざわざわした場所で疲れやすい
- 仕事をする時、競争させられたり、注目されていると、緊張して「いつもの実力」を発揮できなくなる
このような様々な悩みとともに、インターネット上や書籍で見たHSPの情報をみて「まさしく自分はHSPだったのだ」と思う方も少なくありません。
HSPという概念自体が血液型のステレオタイプのようにわかりやすく自己理解に一見役に立つようにも見えるため、その概念は非医療者のなかで流行の兆しを見せ、心理/医療関係者の中でもそれを「ビジネスモデル」として収益を得ようとしているところも見られるようになりました(HSPカウンセラー/HSPうつ/etc…)。一部の心理学者の著作などが流行したことを機にさまざまな“診断基準”や“チェックリスト”が幅を利かせるようになり、芸能人の中でも“HSPをカミングアウト”する人物が出現したことなども影響して、今では電車内の広告などにもHSPの文字がみられるようになり、HSP専門のカウンセラー、HSPうつの治療…などと一大ブームとなっています。
しかしながらHSP自体は前述したような「外的環境に影響を受けやすい(感受性の高い)人たち」のことをさす心理学的用語のひとつであって、充分に確立された病気の概念というわけでもなく、また「生きづらさ」の原因として求めるべき原因ということにもなりません。医療者の中には『HSPなどれっきとした病気ではないのだから診療の対象ではない』『HSPは磁気治療や薬物治療で治るので頑張りましょう』などと両極端な態度を取るところがあることは残念なことだと思っています。
私たち治療者のもとへ受診される「自分はHSPではないか」と疑う方の場合は、その大半が社会生活を送る中での何らかの困難感を抱えていることが多いと考えられます。
その困りごとを振り返り、アセスメントをしながら、その背景にどのような問題があったのだろうと考えていくことは精神科の外来でも充分可能なことです。
「HSPかもしれない」の具体的な症状を仮想ケースで紹介
実在の例ではありませんが、よくみられる悩み事を架空のケースとしてお示しします。
このような症状に仮に当てはまっても、当てはまらなかったとしても、ひとりで悩まず、まずは一度ご相談ください。
ケース1
#繊細すぎてしんどい #イライラする #何をしても楽しくない
18歳の○○さん(仮名)は、小学校のころからまわりとのコミュニケーションが得意ではありませんでした。
友人たちの会話に混じっていても「今のは何が面白かったの?」と話題についていけなかったり、自分が興味を持った話題を話しすぎたりして「もうちょっと空気を読んでよ」などと場をしらけさせることも少なくありませんでした。
そうしたうまく溶け込めなさもあってか、思春期を迎えて社交場面で引っ込み思案になってきました。
「××と言ったら相手はどう思うだろうか、また嫌がられないだろうか」と過敏になりまともに話もできませんし、学校に居ても何も楽しくありません。もとより教室内では授業中のチョークの音や周囲の鉛筆のカリカリという音、紙をめくる音などが耳障りでありましたが、最近ではそれらもより強く聞こえてきて、イライラすることも増えました。
そんな折にネットで見た「HSP診断テスト」を軽い気持ちで受けてみたところ、まさしく自分の悩みそのものが書かれているようで、すべて自分に当てはまるように思えてきました。
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ケース2
#過敏すぎてしんどい #不安が強い
40歳台の○○さん(仮名)は会社での事務員として長年勤めていますが周囲との関係性はあまり良くないと感じています。
自身は仕事を完璧にやり遂げようとして、同僚にも配慮し、みなが向上していけるように支援するのが自分の専門性だとも考えているのですが、そこまで考えている同僚は少なく「のらりくらりくらりと生きている」ことに対する半ば呆れや怒りを感じているからです。
職場では超然と振舞って何事もないように演じていますが、孤立無援であると感じ、あえて自分のことを無視したりしているのではないかと思ってしまうときもあるようでした。
ちょっとしたやりとりにも深く傷つき、店での買い物で自分にだけお釣りを手渡しでくれなかったような気がしたり、電車で隣に座った異性がすぐに次の駅で降りてしまったり、そのようなことにも裏読みをして勝手に傷ついてしまいます。
対人関係に対する嫌な思いが多いにも関わらず、人との交流は求めていて、インターネットでは匿名で若い異性のふりをした書き込みをしては、相手とのやり取りの中にかすかな喜びや安心感を見出しますが、ときに強い恥の感覚や、不安焦燥感に襲われることもあり「早く死にたい、だれか殺してくれないか」と感じています。
そんななか電車で目にした広告にあった本を読んでみる中で「いままでの自分の悩みは全てHSPであったために起こっていたのだ」と目が覚めるような思いがしました。
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「HSPかもしれない」と悩む方へ
上で述べた通りHSPは心理学的な生来の特性をあらわす概念に他なりませんが、さまざまなインターネット上の誤謬によって誤解が生じやすい、誤解が生じたままで一般の方に受け入れられてしまった概念になります。
過敏さ、繊細さに苦しむ背景には、精神医学的な視点からみたその他の疾患や特性があることも稀ではなく、それらをアセスメントしたうえで治療的な介入へつないでいくことができる可能性もあります。